このところ、多くの方々が「 メタバース 」について話をしています。でも Zoom、Netflix、Doordash 漬けだった18か月を経た今、私ははこのグループに入っていません。テクノロジーの観点から見てメタバースがクールなコンセプトであることを否定しているわけではありません。「 メタバース 」は私の好きなSF作家の一人であるニール・スティーブンソンが 1992 年に発表した小説『 スノウ・クラッシュ 』の中でこの言葉を作ったことに由来します。この小説は、ウィリアム・ギブソンの作品とともに、サイバーパンクというジャンルを生み出しました。このジャンルでは、登場人物たちはデジタル世界に接続された状態で過ごし、そこで探検したり、交流したり、戦ったり、( 少なくとも小説の中では )悪者の陰謀から世界を救ったりします。このコンセプトはアーネスト・クラインの『 レディ・プレイヤー 1 』で最も完全な形で表現されていて、『 レディ・プレイヤー 1 』ではほぼすべての人が現実を捨てて、精巧なVRの大規模マルチプレイヤービデオゲームを楽しんでいます。
最近、テクノロジーやゲーム業界の著名な方々をはじめ、多くの方々がこの近未来の仮想世界のビジョンを実現することに興味を持っているように見受けます。でも実際には、前述の作品はテクノロジーが間違った方向に進んだディストピア的な未来への警告でもあります。
社会として、SF ヒーローが仮想の世界に逃避するような世界にならないことを願うことも、そうならないように努力することもできます。Niantic は後者を選びます。私たちは、テクノロジーを使って拡張現実の「 現実 」に寄り添うことができると信じています。私たち自身を含めたすべての人々が立ち上がり、外を歩き、周囲の人々や世界とつながることを奨励します。これは、人間が生まれながらにして行っていることであり、200 万年に及ぶ人類の進化の結果であり、その結果、私たちを最も幸せにしてくれることだと信じるからです。テクノロジーは、人間の基本的な経験をより良くするために使われるべきであり、それらに取って代わるものではありません。
人間の体験を高めるテクノロジー
テクノロジーを完全に捨てて、シンプルな生活に戻るべきだと主張する方々もいらっしゃるでしょうが、それが答えだとも思いません。テクノロジーがなくなることはありません。情報や友人、家族とつながることで得られるメリットはあまりにも大きいからです。しかし、この数十年の間にその恩恵が逆に負担となり、人々は最も楽しいはずの体験からどんどん切り離されてきました。スマートフォンでの通話、オンラインショッピング、ゲーム、ソーシャルフィードのスクロールなどのに毎日が流されてしまいます。このような状況下では、人間と人間の場合には許されないような行動を取ることが許容され、アルゴリズムが端的な見方を強化するバブルの中に人々を押し込み、社会が分断されてしまっています。
Niantic ではこんな風に思います。「 もしもテクノロジーが私たちをより良くしてくれるとしたら? それは、私たちをソファから引き剥がし、夕方の散歩や土曜日の公園に出かけるように促すことができる? 外に出て、顔を合わせることもなかった近隣の人たちとつながることができる? 友だちに電話したり、家族と予定を合わせたり、新しい友だちに出会ったりする理由につながる? 身の回りにあるのに見落としてしまっている魅力や歴史、美しさを発見することにつながる? 」
Lightship プラットフォーム
この視点がゴールだとすると、そのために Niantic は何をしているのでしょうか?私たちにとっては、現実の世界( アトム )とデジタルの世界( ビット )をつなぐテクノロジーがスタートになります。これを「 現実世界のメタバース 」と呼んでテレビゲームのようなバーチャルなものと区別することもできますが、正直なところ、データ、情報、サービス、そしてインタラクティブな創造物をミックスした、より良い現実を体験するものだと考えています。この考えは、『 Field Trip 』や『 Ingress 』『 Pokémon GO 』などのタイトルにこのコンセプトを取り入れたことと、タイトルを実現するのためのテクノロジーの発明との双方において Niantic の指針となっています。でもこの考え方の核心は物理的な世界に注釈やアニメーションを加えるというコンピュータグラフィックスの課題だけはなく、デジタルと物理的な世界が出会うところにある情報やサービス、体験により大きく関係すると思っています。
現実世界のメタバースを構築するにはテクノロジー面で 2 つの大きな課題があります。それは、( ユーザーが操作する仮想オブジェクトも含め )世界中の何億人ものユーザーの状態を同期させることと、そのユーザーやオブジェクトを物理的な世界に正確に結びつけることです。1 つ目の点は『 Pokémon GO 』をはじめとする Niantic の全タイトルを支え、世界中の何百万人、何千万人ものユーザーをサポートする『 Niantic Lightship プラットフォーム 』にそのテクノロジーにあります。数百万人のユーザーが、物理的な世界でデジタルオブジェクトを作成、変更、操作することができ、その体験が誰にとっても同じで、みんなで共有できるテクノロジーです。ソフトウェアの世界では、これを「 shared state/共有状態 」と呼び、全員が同じものを見て、世界に対して同じエンハンスを行っていることをさします。あなたが何かを変えれば、私が見ているものにも反映されますし、その逆もまた然りで、システムを利用している何百万人もの参加者にとっては同様になります。
物理的な世界に正確に結びつけることはさらに大きなプロジェクトになり、新しいタイプの地図を必要とします。コンセプトは Google Maps などと似ていますが、人間ではなくコンピュータのために作られた地図である点が異なります。スマートフォンやヘッドセットが世界のどこにいても位置や方向を高い精度で認識できるよう、究極のデジタル道案内と調整を可能にするために設計した、これまでにない詳細な情報を必要とします。GPS のようなものだと思っていただくとわかりやすいと思いますが、衛星がない一方で精度がはるかに高いものです。Niantic はユーザーの皆さんのお力を借りてその地図を作っています。これは拡張現実の大きな課題のひとつであり、Niantic が作りたいと願っている、情報と双方向性の視点を現実世界に結びつけることで世界をより魅力的にするための鍵になります。
世界をセマンティック( 意味論 )的に理解することにも大きなチャンスと課題があります。そのピクセルは樫の木なのか、それとも池なのか? 公園のベンチなのか、カフェなのか、歴史的建造物なのでしょうか? 地図製作者は何百年も前から人間の力でこれを行ってきました。新しい試みは多かれ少なかれコンピュータビジョンを使って自動的にこれを行うことです。例として、この機会を Google がインデックスを作成するためにウェブ上のページを検索するウェブクローラーになぞらえて考えてみましょう。現在のディープラーニング( 深層学習 )のアルゴリズムを搭載したコンピュータビジョンが、これの基本的なバージョンをリアルタイムで提供することができます。将来的にはオフラインで今よりもずっと高い忠実度で持続的に処理し、その結果を進化し続ける A R世界地図に結びつけることができます。Niantic は Lightship プラットフォームにおいてこのようものを含めたさまざまな機能を追求しています。
次は?
ウェアラブル
必要な光学性能や演算性能を実現するためには革新的な技術が必要であり、また、それを社会的に受け入れられるスタイルで提供するできるかどうかを考えた時、AR スマートグラスに懐疑的な意見が多いのも事実です。でもテクノロジーの方向性を見極め、進化を正確に予測したアラン・ケイのような先駆者の精神を敬う Niantic としてはこのくらいのチャレンジに負けるわけにはいきません。1972 年にケイが発表した論文『 Dynabook
』で予測していたように、ここ数十年のトレンドは、メインフレーム、ミニコンピュータ、パーソナルコンピュータ、ラップトップ、そして現在のスマートフォンへと移り変わり、サイズが小さくなっていると同時に性能が向上しています。マーク・ワイザーをはじめとする著名人は 1980 年代にこの傾向を指摘し、コンピュータ機器が最終的に身の回りから消えていくことを予測していました。ワイザーはこの概念を「 ユビキタス・コンピューティング 」と表現しました。
この精神に基づき、私たちは Qualcomm のパートナーとなり、Niantic の地図を使って物理的な世界の上に情報や仮想世界をレンダリングすることができる、屋外対応の AR グラスのリファレンスデザインに投資しました。他の企業が作ろうとされている 「 壁に囲まれた庭 」とは異なり、このオープンなコンソーシアムでは、多くのパートナーが互換性のあるメガネを作成し、配布することができます。 主なコンピューティングサーフェスを、手や注意を必要とするスマートフォンからメガネに移行することで、データやサービスへのアクセスがより簡単になります。また、このようなサービスを現実の世界に重ねることで、現実を魅力的にし、全く新しい体験が可能になると考えています。ポケモンが私たちの間を本当に歩くようになるのです!
社内の研究開発用に最初のバージョンのハードウェアは存在していますが、これはまだ始まったばかりであり、これから何年もかけて継続していくものと考えています。これまでのプラットフォームの変遷と同じように、少しずつ進化していくことでしょう。もちろん、この技術的なフロンティアを開拓するにはゲームが最適だと考えています。Atari 社が『 Pong 』で最初のマイクロプロセッサーを家庭にもたらして以来、ゲームはテクノロジーを身近にすることにおいて常に最前線に立ってきました。この流れは、Nintendo Gameboy ( おそらく最初に成功したコンシューマー向け携帯型コンピューター ) や『 Quake 』や 『 World of Warcraft 』 などのコンピューターゲームなどのイノベーションによって引き継がれ、家庭でのインターネット接続への需要を高めました。Nianticは、ゲームを通してARスマートグラスの可能性を探り、このハードウェアいち早く採用したい方々に私たちの研究を共有したいと考えています。
リアリティチャンネル
ソフトウェアとコンテンツに関するビジョンの話に戻りましょう。Niantic は現実世界に重ね合わせることができる未来の世界を想像しています。このアイデアに名前をつけるために、とりあえず「 リアリティチャンネル 」と呼んでいます。例えば、スマートグラスにアップグレードされた『 Pokémon GO 』では、ポケモンが近所の公園を歩き回り、現実世界に「 生息 」しているかのように見えます。この未来のバージョンでは、ポケモンはあたかも本当にそこにいるかのように現れ、歩行者を追い越したり、公園のベンチの後ろに隠れたり、皆さんのお気に入りの公園で群れになって歩き回ったりします。建物はポケモンの世界の中で見るようなパステルカラーになり、近所のショッピングセンターには 10 階建ての『 Pokémon GO 』ジムが建つかもしれません。街中で他のプレイヤーに出会うと、そのプレイヤーがゲーム内のアバターに変身しているかもしれません。マリオ、トランスフォーマー、マーベルのスーパーヒーローの世界、ワカンダの世界、スター・ウォーズ、インディ・ジョーンズ、ブレードランナー、シャーロック・ホームズ、ナンシー・ドルー、マルタの鷹などなど、数え切れないほどのチャンネルがリアリティ・チャンネルとして存在し、スイッチを入れることで、日常の生活が少し不思議で、興味深く、刺激的で、そして何よりも楽しいものに変わります。重要なのことは、この体験を無数の人々と共有することで、冒険が一緒に過ごし、社会的な関係を深めるきっかけとなるということです。
でもゲームだけの話ではありません。ゲームとエンターテインメントがこの新しいプラットフォームの主要な推進力になると考えてはいますが、リアリティチャンネルは世界を見る方法であり、組立ラインや建設現場から最も複雑な知識作業まで、私たちを楽しませたり、教育したり、案内したり、説明したり、支援したり、私たちが現実に行っている活動を後押ししてくれます。
私たちのサービスを利用くださっている方々だけでなく、そうでない方々も尊重した形で、このような試みを行うことに責任があると考えています。ユーザーの方々のプライバシーや責任感のある使用、包括的な開発プロセス、AR テクノロジーが社会に与える潜在的な影響の認識と緩和など、すべての側面を事前に考慮する必要があります。
一緒に作りませんか?
現実世界のメタバースへの移行は、パーソナル・コンピューティング、インターネット、モバイルなどのこれまでの開発と同様に、コンピューティング分野の大きな変革を意味します。このメタシフトの実現を支援することが Niantic の目的ですが、私たちだけでできることではありません。こんなに大規模な進化を実現するには、世界各地の大企業やスタートアップ、そして個人の力が必要です。この大規模な変革を前進させるために、Niantic としてできると考えているレバレッジポイントは、私たちが提供するゲームやアプリケーション、Lightship プラットフォーム、地図、そして共通の目標に向けて多くの方々の専門知識や投資を活用するハードウェア・リファレンス・デザインのような業界全体のイニシアチブではないかと思っています。
ここに書いた思いで Niantic が見ているもの、つまり、人間が最も得意とするテクノロジーを逆に利用するのではなく、自分たちのニーズに合わせて利用する機会があるということが皆さんにも伝わりますように。未来は私たちが作るものであり、自分たちが住みたい、そして次の世代に伝えたいと思う未来を作るために時間とエネルギーを費やしているのです。
私たちにはすべきことがたくさんあります。パートナーとして、Lightshipの開発者として、あるいはNianticの従業員になる可能性のある方として、Niantic の考える未来に魅力を感じたら、ぜひご連絡ください。
- John Hanke Niantic 創業者 兼 CEO